【インタビュー】世代交代が求められる防災コミュニティ。次に起こる災害の被害を最小限にするために、神戸市危機管理室が進める対策。
日本は、多くの自然災害が発生する国だ。地震や台風、洪水など、生活を脅かす自然の猛威は、古くから人々の暮らしに多大な影響を与えてきた。そうした数々の災害の経験から、国や自治体では多くの対策を重ねてきた。あの阪神・淡路大震災を経験した神戸市にも『危機管理室』と呼ばれる災害対策の心臓部がある。
「神戸市にはたくさんの部局があるんですが、各部局が災害対応をしています。経済観光局であれば物資の調達を。建築住宅局であれば、地震が起きたときに、建物が危ないかどうか判断する応急危険度判定など、それぞれ部局ごとに役割があります」
こう話すのは神戸市危機管理室の谷敏行さんだ。危機管理室はこうしたそれぞれの部局ごとの情報を取りまとめ、災害時の対応方針を決定していく極めて重要な役割を担っている。
「災害が起きると、市民の方からの問い合わせがとても多くなります。緊急時は市民の方が自分で判断するには難しい状況ばかりですから、できるだけ正確な判断が求められます」
たとえば避難所を開放する準備ができていても、避難を広報するタイミングについては頭を悩ませることも多いという。状況によっては悪戯に混乱を招く恐れもあるからだ。
「同じ状況はひとつとしてありませんから、緊急時には常に課題が残るものです。改善を繰り返して、次に起こる災害の被害を最小限に抑えるんです」
自助・共助・公助の機能による災害対策
神戸市の防災意識は非常に高い。危機管理室では、さまざまな先進的な取り組みを進めていて、なかでも一際力を入れているのが民間企業との連携なのだという。
「神戸市中央区だけでも42社ほどの企業と帰宅困難者向けの取り組みを実施しています。ほかにも物資の輸送だったり、災害時に物資を卸してくれる企業だったり」
これらの企業とは有事のみならず、普段から防災訓練なども神戸市と一緒に行うという密接ぶりだ。さらに事業者同士のつながりを作って、災害時のさらなる連携も図っているのだとか。
「規模にもよりますが、災害は行政努力だけで解決することはできません。市民の方も高い防災意識を持って自分である程度備える必要がありますし、街で助けられないことがあっても、企業にサポートいただくことで解決につながることも多いんです」
災害時にもよく耳にする『自助・共助・公助』だが、この3つが機能してはじめて災害対策と言えるのだと、谷さんは話す。
「神戸市側から企業へ防災協力をお願いすることもあるんですが、これまで神戸にゆかりのある企業から断られたことは一度もありません」
人が、市が、そして企業が協力して、やっと災害に強い街が作られるのを神戸の人々は理解している。阪神・淡路大震災の教訓は28年経った今も薄れてはいない。
求められる防災コミュニティの新しい形
災害時には多くの助けがいる。その点からも、日頃から防災に関わるコミュニティに属することはとても重要だ。災害への備えとして共助の部分にもあたるコミュニティ作りは、できるだけ日常で形成しておきたいものだ。
「神戸市では、小学校区ごとに全ての町で防災福祉コミュニティというのがあるんですよ」
これは阪神・淡路大震災を機に作られたコミュニティで、地域の防災活動や福祉活動の連携を通じて、近所での助け合いや顔の見える関係を醸成し、災害時にも活動できる組織作りを目指したものだ。しかし、こうしたコミュニティにも課題があるのだという。
「世代交代が難しいんですよね。防災福祉コミュニティは発足から年月も経っていますから、その多くは70〜80歳以上の方が運営しているんです。震災の経験者も多いので災害時の知識はありますが、若い方が活発に動けるコミュニティ作りもしていかなければいけません」
若者に合ったコミュニティの形成は、どの自治体も課題に挙げるほど全国的に深刻化している。凝り固まったコミュニティに若い世代が溶け込むのは容易ではなく、時代に合った新しいコミュニティを作ることがいまの防災に求められている。そんな若い世代の防災意識はまだまだだと話すのは、同じく危機管理室の道上祐輝さんだ。
「神戸市でも若い方の防災意識は高いとは言えません。阪神・淡路大震災を経験した世代と、以降に生まれた世代とでは、その差は歴然です」
震災を経験した人は甚だしい現実を覚えている。復興までの長い道のりと労力を知っている。若い世代には想像でしかなく、道上さん自身も、防災に関わる仕事を通して意識が変わっていったという。
「震災を経験した世代からの教訓も、私たち若い世代がしっかり受け継いで行かなければいけません」
災害時に最も必要なもの『支えあい』
阪神・淡路大震災や、東日本大震災のような大きな地震のみならず、ここ数年の気候変動から台風や大雨によって甚大な被害をもたらすことは、たびたび全国で見られるようになった。それでも実際に避難所生活をした経験がある人は少ないだろう。
「どんな大変な状況にあっても、みんなで『支えあう』ことは決して忘れてはいけないことです」
当たり前のことを言っているように聞こえるが、多くの現場を見てきた谷さんは、意外にも避難所では『支えあい』に欠ける場面があるという。
「災害時には多くの人手が必要です。負傷された方の手当てや、仮設施設の設置、食事の準備など、さまざまな対応があります。別の地域で水害があったときに神戸市の職員が被災地へ派遣されたんですが、自治体間でも連携や助けがないと機能しないほど対応は山積みです。そのため全てのサポートを行政が対応するのは難しいんです」
派遣先での出来事だが、食事の配膳や寝床の掃除など、まるでホテルのような対応を求められることもあったというから驚きだ。隣の人がうるさいとか、区画が狭いといった声も出てくることがあるという。
「被災して大変なのはみんな同じですから、そういう時こそ支えあって乗り越えなくてはなりません」
被災したときに必要なのは、市の職員が寝床に味噌汁を届けることではない。被災した市民と、それを支える街の職員という構図が、そうイメージさせているのかもしれないが、ホスピタリティまで求めるのは過剰だと言えるだろう。行政のサポートは被災者だけではどうにもできないことにこそ活かすべきではないだろうか。
たとえば避難所の区画整理などは状況に合わせて調整する必要があるため、行政の手腕が問われるところだ。
「足が悪いおばあちゃんがいたら、移動が少なくて済む出口付近に寝床スペースを確保したり、最近ではコロナの影響もあって、体調が悪くなった人のために導線を作っておいたりしています」
避難所は、言わばひとつのコミュニティである。共に乗り越えていく仲間で、助け合いが最も必要とされる場所だ。そんな避難所の運営に、利用する人も巻き込んでいくべきだと谷さんは話す。
「避難所の区画のスペース作りなんかは、中学生でも一緒に作れます。職員だけで対応したら丸1日かかるところを半日で完成するので、ほかの対応に人員を充てることができるんです。災害は、周囲の方同士が、街の職員が、みんなで協力してやっと乗り越えることができるんです」
阪神・淡路大震災では救助された人のうち、およそ8割が近隣住民や地元消防団によって助け出されたという。その教訓は、地域コミュニティの重要性と助け合いの精神にある。神戸市は、別の自治体から応援要請があった場合決して断らないという。神戸は震災と復興を経験して知ったのだ。つながる『支えあい』こそが、災害時に最も必要なことを。