イノベーション専門官西川嘉紀様

【インタビュー】社会課題に立ち向かう、スタートアップの挑戦を支援する街、神戸。震災を乗り越えた街だからこそ、立ち上がる人を応援する。

生きていれば、暮らしのなかで課題を感じる場面は多くある。育児や教育のほか、災害など、世の中には社会的な課題に溢れている。時代が進むにつれて新しい課題が生まれ、人はその解決のためにいくつものイノベーションを起こしてきた。兵庫県神戸市では、そうした新しい取り組みに挑戦している企業を支援している。

「神戸は、イノベーションが遅れている街だったんですよ」

こう話すのは神戸市新産業課の西川嘉紀さん。神戸は、港町ということもあって重工業が盛んだったうえ、1995年の阪神・淡路大震災以降、その復興に注力を続けてきた。そんななか、ようやく財政的にも健全化してきたのが2015〜2016年なのだという。

「震災からちょうど20年が経った頃、これまでより一歩産業に力を入れはじめたんです。当時スタートアップ企業が隆盛しているサンフランシスコに神戸市長が訪問したとき、街がとても輝いていて、スタートアップが産業を活性化させる起爆剤になりうると、新産業課が作られたんです」

産業の活性化の目的はいくつかある。たとえば、神戸には高校や大学といった教育機関は充実しているが、意外にもその後の就職先が少ないのも課題だったという。

「若者が神戸で働きたくなるような街づくりをしていかなければなりません。新しいことにチャレンジする企業がたくさん出てくることで、既存産業もさらに活性化することにつながると考えています」

神戸の産業の活性化について語る西川さん

イノベーションを創出させる、街と民間企業の『つながり』

「2016年にはじめて『50スタートアップ』というプログラムを立ち上げて支援をすることになったんですが、そのときイノベーション専門官というのを採用しました。民間の人材を入れることで行政の考えに固執せず、より事業を柔軟に加速させようと考えたんです」

神戸市は、『起業しやすい街』を謳っている。こうした積極的な取り組みは、その所以を垣間見れるほんの一部だ。ほかにも『スタートアップ補助』という最大3年間で1,300万円を補助する制度があり、人件費やオフィスといった費用の大きなサポートになるだろう。さらに投資ファンドでの出資もあり、これだけでも神戸で起業するメリットは実に大きいと言える。しかし西川さんは、一番のメリットは『つながり』だと話す。

「行政は、民間企業とのつながりがとても強いんです。スタートアップの方々が関係づくりに苦労するところも積極的にサポートしています」

スタートアップを支援していくなかで、事業に集中していると他業種や周囲との関わりや、投資家とのつながりなどが希薄になるケースを見てきたという。そうしたウィークポイントを行政がサポートするのだ。

「スタートアップは、コミュニティーを作ることがとても大切なんです。情報が入りやすくなったり、新しいビジネスが生まれたり、そうした環境づくりをお手伝いさせていただいています」

実際に、神戸市のサポートを受けながら成長していったスタートアップも少なくない。また、さまざまな知が集結し、交流できる施設『ANCHOR KOBE』は、スタートアップのみならず、神戸のものづくり企業、さらには大学など、新たな価値を生み出す活発なコミュニケーションが期待できる場所だ。つながる機会を増やすことで、イノベーションの創出を促している。

企業や学生の交流の場にもなっているANCHOR KOBE

阪神・淡路大震災の経験が活きる、高い防災意識と革新的なソリューション。

前述の50スタートアップのみならず、神戸市はいくつものスタートアッププログラムが実施されてきた。たとえば社会の問題など、行政の課題について解決する『Urban Innovation KOBE』もそのひとつだ。なかでも阪神・淡路大震災の経験から、防災に関するソリューションに注目したい。

「ドローンで拡声器を使った実証実験だったり、SNSの音声や文字情報を分析して災害時に活用するものだったり。有事のときに活躍が期待できるサービスを提供しているスタートアップがあります」

ほかにもVRに力を入れている企業では、災害をシミュレーションした防災訓練への活用など、平時にも利用できるものがある。こうしたサービスを通じて防災意識を高める意味はとても大きいだろう。

防災に関するスタートアップ

こうした例からも、神戸はテクノロジーに溢れた街のように思えるが、実はIT産業が弱かったのだと西川さんは話す。

「阪神・淡路大震災の復興に注力していたのもあって、神戸はIT産業への投資ができなかったんですよ」

神戸は震災後、都市基盤の早期復旧と、生活再建、再開発事業など多岐にわたる取り組みに追われ、復興に向けた厳しい財政運営を余儀なくされた。そこで復興の牽引役として医療産業都市構想を進めてきた背景がある。

「震災があってゼロからはじまった都市構想だったんです。今では先端医療研究機関や製薬メーカー、医療機器メーカーなど370社以上が集積するアジア最大級のバイオクラスターにまで成長しました。こういったところから派生している医療系のスタートアップも多いんです」

医療産業の誘致や育成に取り組んでいる自治体は多いが、ここまで成功しているケースは極めて稀だ。神戸市の都市構想がこれほどまでに成長した要因のひとつに、『震災復興プロジェクト』の一環であったことが挙げられるだろう。ゼロからはじまり、復興を支援しようと多くの企業が参入し、雇用が生み出され、そして数多のスタートアップが誕生したのだ。

スタートアップや多くの企業のイノベーションが生まれる神戸

神戸が受けた支援を、次の世代へとつなぐ循環。

神戸に根付く企業やスタートアップには、街への強い想いを感じる。以前は復興への支援という観点が強かったかもしれないが、現在では新しいことにチャレンジする人を応援する街への還元という見方が強い。

「神戸を好きになってもらいたいんです。そのためには街が積極的にサポートしていくことが大切だと思うんです。どういう形でも、いつか神戸に返ってくる循環が作れればうれしいですね」

スタートアップを支援していくなかで、立ち上げ時のサポートはとても重要だ。街が関わることで、もっと神戸に貢献したいという企業は多いのだとか。また、以前から並々ならぬ『神戸愛』を貫く企業もある。

「私たちの取り組みに対して意見してくれる企業もあります。それは本当に神戸のためになるプロジェクトなのか?スタートアップがしっかり神戸に根付いているのか?と(笑)」

神戸の苦難と復興を共にしてきた企業が多い故、こうした街へ対する熱い想いを持った人が溢れている。たくさんの人に支えられてきた神戸は、その恩恵に対する感謝の念を、次の世代へつなげているようにも見える。

神戸の受けた支援を未来につなげたいと語る西川さん

スタートアップを支援する意味は大きい。なぜなら彼らの芽を摘んでしまっては、せっかくの革新的なイノベーションも花を開かない。新しい時代の、新しい価値に向けた挑戦を神戸は諸手を挙げて応援する。

「ゼロから企業したい人の教育にも力を入れていますので、ぜひ神戸でチャレンジしていただきたいですね」

起業するには才能が必要だと言う人もいるが、そんなことを考えて新しいことへの挑戦を諦めてしまうのは実に勿体無いことだ。大切なのは一歩踏み出すこと。神戸はそれが大きなはじまりであることを、身を持って証明している。あの震災からその一歩を踏み出した街なのだから。