獣医師豊原香織さんインタビュー

【インタビュー】大切なペットの健康を守るために、普段の小さな異変にも気を配る。飼い主に必要な意識とこれからのサポートとは。

ペットを飼っている人にとって、動物病院の存在は欠かせない。言葉を発しないペットの体調を正確に読み取ることは難しく、小さな命を守るためにも日頃から獣医師に診てもらうことはとても重要だ。東京都北区にある『西ヶ原ローズ動物病院』の豊福香織さんも、そうした動物病院を経営する獣医師のひとりである。

「私が幼い頃から一緒に過ごした犬が病気で亡くなったんです。動物の病気という現実を知って、自分にできることはないかと考えたとき、獣医師になりたいと思ったのがはじまりでした」

まだ小学生だった豊福さんは、愛犬の旅立ちによって動物の命の尊さを知ったという。そんな命を守る動物医療はまさに日進月歩。さまざまな研究や臨床を繰り返して今日の治療法や予防薬が存在する。治療できる病気は増えてきたが、長期に渡って治療を必要とする病気もあると豊福さんは言う。

「一時的な皮膚炎や消化器疾患は治ることが多いですが、なかには長い期間治療が必要になることもありますし、腎臓病や心臓病など、病気とうまく付き合いつつ、生涯にわたって治療が必要になるものもあります」

大切な家族がいつ大きな病気になるかはわからない。ペットの健康を守るためにも、そうした病気に備えるのはとても大切なことだ。

元気に走り回るワンちゃん

一定の頻度で診察を受けることの大切さ。小さなシグナルを見逃さないために。

子犬の頃は体調を崩しやすく、飼い主も初心者が多いため病院を訪れる頻度は高いが、ペットの成長とともにその頻度も減ってくる傾向がある。しかし、犬の場合7、8歳を境に病気の心配が増えてくるため、より健康に気を配る必要があるという。

「7、8歳を超えたあたりからは年2回など、健診の頻度を増やしていただけると前回とのわずかな違いに気づける機会が増えるんです。腎臓の数値が少しだけ高かったり、聴診で小さな雑音が聴こえたり。経過を見ることもありますが、異常所見によっては早めに大きい病院を紹介することもあります。それで助かった子もたくさんいます」

病院へ行く頻度は飼い主に委ねられるが、獣医師としては定期的に診察することができれば、より症状を比較することができ、もしも異常があった場合に気づける機会が増えるというのだ。

ペットの健康について話す豊原さん

早期治療で完治できる。先天性の病気『PDA(動脈管開存症)』とは?

人間がそうであるように、犬が生涯健康であり続けることは難しい。高齢になると加齢に伴う変化や病気のリスクも高くなる。一方で生まれつき病気を抱えているケースもある。たとえばPDA(動脈管開存症)と呼ばれる先天性の病気だ。

「お母さんのお腹にいる胎児は呼吸ができません。そのため、お母さんから臍の緒を通して酸素を効率よく全身に供給するために、動脈管という血管が存在します」

本来、生まれた後に動脈管は閉じるのだが、動脈管が閉じないと心臓に負担がかかってしまい、重症化すると肺に水が溜まって呼吸不全に陥るのだという。

「胸のあたりでジュンジュンとした振動を感じたらPDAのおそれがあります。動脈管の太さによって心臓や肺への負担も異なるのですが、肺水腫になる前に手術をする必要があります」

重症化すると最終的に手術することもできなくなるのだとか。そのため基本的には月齢が若いうちに処置しなければならない。

「ほとんどはワクチン接種や健診で見つかることが多いですね」

PDAは、子犬の頃のワクチン接種時や、ペットショップでの健診で見つかることが多いという。豊福さん自身もそうしたPDAを持つ子犬を引き取ったのだそう。

「手術したのは、まだ歯が抜ける前だったから生後4ヶ月くらいでした。胸を開いて大動脈に直結する血管を縛ることになるので、獣医師の経験も必要な手術です」

しかしPDAのほとんどは完治が可能なのだという。

「早い段階で診断できればPDAは治ります。治ってしまえば健康な犬と変わらないんですよ。PDAだったからって長生きできないということはありません。うちの子も手術して、18歳と8ヶ月まで生きましたから」

動物の治療に使う医療機器や薬品

ペット保険への加入が、早めに病院を受診する後押しのひとつに。

PDAのほとんどは治療で完治できて、その後の健康についても影響はない。しかし、それでもペット保険の加入を保険会社に断られたり、一部の病気が保険の対象とならないという条件がついたりすることがある。

持病などで保険に加入できないペットは少なくない。しかし、そうしたペットが保険に入れなかったことで病院へ行くのをためらうのだとしたら本末転倒だ。豊福さんはこうも続けた。

「保険は病院へ行くきっかけになったりもするんです。ちょっとおかしいなと思った時点で、保険に入っているし診てもらおうって。保険に入っている方は早めに診察に来られることが多い印象です」

普段の診察で命が救われることがある。具合が気になったときには病院へ行く。異常がなければ、飼い主も不安を解消して安心することができるだろう。もし異常が見つかっても、早めに治療ができることで大事に至らずに済むかもしれない。飼い主だからこそ気づける小さな異変が、ペットの健康を守ることにつながるのだ。

こちらを見つめるワンちゃん

「私たち獣医師も、できるだけ健康な状態でいてくれることが一番嬉しいことです。早めに異常に気づき、治療を開始することで悪化を防ぐことが大切だと思っています」

ペット保険に加入していることが、早めに病院を受診する後押しのひとつになるのなら、PDAのように何かしらの理由で保険に入れないペットをサポートできる、新しい仕組みが必要なのではないだろうか。